聖バレンタインデーの虐殺とは、1929年2月14日に起こったギャング同士の抗争事件のことです。

聖バレンタインデーの虐殺とは、1929年2月14日にシカゴで起こった、ギャングによる抗争・虐殺事件です。
別名、血のバレンタインとも呼ばれます。
歴史上最も有名なギャングであるアル・カポネは、禁酒法時代にお酒の密売と同業者の抹殺、政治家や警察の買収などで暗黒街のトップにのし上がりました。

そして、このアル・カポネと当時抗争を繰り広げていたギャングのファミリーに、モラン一家というファミリーが存在しました。
アル・カポネにとってモランの存在は、商売敵であり、自分の生命を脅かす脅威でした。
そこでアル・カポネは部下に命じて、このモランの抹殺に乗り出したと言われています。

事件の実行犯は警官に変装し、モランの手下のギャング6人と一般人1人の計7人を殺害するに至りました。
しかし、最大のターゲットであるモラン自身を殺害するには至りませんでした。
事件は当初からアル・カポネの仕業と思われていましたが、カポネ自身は事件当日はフロリダに居たことになっていたこともあり、アル・カポネ自身も実行犯も誰1人逮捕されるには至りませんでした。

また、この事件は実行犯が警官に扮し、パトカーを使用していたことから、マスコミで大きく話題になりました。
この事件を契機に、国民の間でアル・カポネに対する粛清の世論が高まり、やがてアル・カポネはいわゆる別件逮捕とその後の裁判により懲役11年の判決を受け、その権力の座を追われることになります。

以上が聖バレンタインデーの虐殺の一般的に伝えられている概要です。
この事件は世界恐慌が起こった年と同年に起こったため、20世紀初頭の暗い時代の象徴として、世界恐慌と並んで今日にも語り継がれています。

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カテゴリー:バレンタインデー

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